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日本の船の歴史(古代~江戸時代)

参考/丸太船からディーゼルエンジン船へ
参考/日本の船の歴史について(その②)

縄文時代から室町時代まで

我が国で最も古い船は先史時代の丸木舟といわれています。国内の遺跡からは全長5~7メートルの刳舟が出土し、すでに縄文時代には外洋航海が可能であったと考えられます。古墳時代以降の出土例としては、大阪市の11.7メートルの刳舟、愛知県佐織町の20メートルの刳舟などが有名です。

 
飛鳥時代には箱型の木造帆船が、中国の隋へ渡るための遣隋使船として用いられていました。当時の船は中国のジャンク船に似た構造で、120人程度が乗れる大きさだったとされています。遣隋使船は大阪湾から瀬戸内海を経て玄界灘を超え隋国まで2カ月ほどの航海でした。
 
室町時代に軍船として活躍していたのが、長さ50メートル・幅10メートル超で重厚な武装を施した安宅船です。時の支配者から朱印状(海外渡航許可証)を得て海外交易を行なう朱印船としても用いられ、600人乗りで2500石(375トン)程度の船が建造されていました。

江戸時代には大船建造禁止令も

江戸時代に入ると「大船建造禁止令」が施行され、500石(75トン)以上の軍船を造ることはできなくなりました。商業用としては小回りの利く弁才船が多く用いられるようになります。日本海側で活躍した北前船、大阪から江戸へ日用雑貨を運んだ菱垣廻船、酒荷を運んだ樽廻船は代表的な弁才船です。
 
その後、幕末にアメリカのペリー来航があったことから、幕府が建造したのが日本初の西洋式軍艦「鳳凰丸」でした。続いて水戸藩が石川島造船所、薩摩藩が桜島造船所を建設するなど、次々と諸大名が西洋船の建造に乗り出すことになります。こうした造船所は現代にまで続く日本の船舶の歴史の基礎となったものです。
 

 

 

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