燃料油単価削減・燃費向上・燃料節約・燃焼改善・スラッジ分散・デポジット堆積防止・内燃機関清浄化・排煙抑制・CO2削減/重油・軽油・灯油・ガソリンに燃焼改良助燃剤オイルタック

 

 
 
 
 
燃料添加剤(植物酵素助燃剤)「オイルタック」 ご注文はこちら
[価格] 「オイルタック」1リッターあたり、12,000円(消費税別)/送料無料
オイルタック1リッター燃料油10キロリッター(10,000リッター)に効果を発揮

重油、灯油、軽油、ガソリン等に僅か10,000分の1添加で平均2%~10%超の燃費向上オイルタックの導入コストは燃料1リッターあたり僅か円20銭です

オイルタック写真

日本の石油タンカーの歴史

タンカーが登場するまで

人類が石油をし始めたのは先史時代といわれています。「地面から湧いてくる燃える水」を地元の住人たちが燃料として用いていたと考えられていますが、大量に採掘されて産業利用されるのはずっと後の時代になります。1800年代には東南アジアで採掘された石油は陶器の容器に詰めて船で運送していました。

江戸から明治時代の石油運送

日本最初の石油の記述は『日本書記』にあります。「天智天皇の7年(西暦668年)越国(現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部に相当する地域),燃ゆる土,燃ゆる水を献ず」という記述があり、石油が採れたと考えられています。その後、江戸時代には蘭引(らんびき)という蒸留装置で灯油が作られていたという記録があります。当時の液体貨物は樽詰めにされて500~700石程度の江戸回船で運送されていました。ただし石油が一般に使用されるようになったのは明治時代に入ってからで、越後(現在の新潟県)から阿賀野川や信濃川を航行する「江連舫(こうれんぼう)」という川舟で運送するようになります。「江連舫」は長さ22メートル・幅3メートルの大型の平底船で、日本の石油運送船の先駆的存在といえるでしょう。

日本の石油タンカー第1号

我が国初の本格的な内航石油タンカーは鋼製スクナー型帆船「宝国丸」(94トン)です。1908年(明治40)に新潟鉄工所(日本石油の関連事業所)が建造し、国油共同販売所(日本石油/宝田石油の共同出資会社)が石油運送に用いました。同年には大阪鉄工所(現・日立造船)が鋼製の機動付タンカー(レシプロエンジン搭載)の「虎丸」(531トン/タンク容量400トン)を建造し、スタンダード石油が運送に用いるようになります。

発展する日本の石油タンカー

第二次世界大戦中には政府による統制下、戦後はGHQによる管理下に置かれていた石油タンカーの建造も我が国の復興とともに大きく発展を遂げていきます。1962年(昭和37)には当時世界最大の「日章丸」(7.4万トン/13.2万載貨重量トン/佐世保造船所が建造)、1966年(昭和41)には世界初の20万トン超の「出光丸」(10.8万トン/20.9万載貨重量トン/IHI・石川島播磨重工横浜工場が建造)が就航しマンモスタンカーの時代が始まりました。戦後初の日本の外航タンカー「隆邦丸」(1950年/昭和25)が載貨重量1.5万トンであったことと比較すると隔世の感を禁じ得ません。その後、1971年(昭和46)には「日石丸」(18.5万トン/37.3万載貨重量トン/IHI呉)1975年(昭和50)には「日精丸」(23.8万総トン/48.4万載貨重量トン/IHI呉)が建造されています。
 

 

オイルタック「ご注文」「お問合せ」は下記からお気軽にどうぞ!
オイルタックに関するお問合せ オイルタックの注文はこちらから

 

ページ先頭へ

燃費向上&燃料添加剤/トップページへ

 

 
 
ホームページ作り方